嫌がらせをする人

生きる

嫌がらせをする人 なにが楽しいの?

その努力を他のことに向けてもらいたい

自分にない特性の人と出会ったとき、どうするのがいいのでしょうか?

私は、自分なりにまず理解しようと努力しました。

だって、なんでこんなことするの?って不思議だったから。

そしてそれが無理だと分かると、

「この人は、まったく違う常識と認識、性能を持った人間で、自分には理解できない生き物なのだ」

と考えようとしました。

でも。。。

その人物がアグレッシブに自分と関わろうとしてきている状態では、何しても無駄なんです。

理解し合う、落としどころを見つける?とか無理。

そもそも、他人に不利益が出るように努力する

(しかもすごい頑張ってやってる)

ということ自体が、マジで理解不能なんだから。。。

そんな私の絶望の日々を、後々思い返した記録です。

性格の悪さを考える

みんな違ってみんないい?

性格の悪さにも色々ありますよね。

私の性格も破壊されてるほうだと自覚してます。

でも、私の性格悪い、は主に自分勝手からくるので、進んで他人に危害を加えることはしません

そんなの考えるのもめんどくさいし。

悪意を持って、すすんで他人を貶めようとする気持ちに人をさせるのって何なのでしょうか?

普通にエネルギーの無駄使いじゃない?

その気力と努力を他のことに向ければ今よりもずっと幸せになれるのにな~。。。

ってか、他にやることいっぱいあるだろ!

自分が悪意を持って誰かに嫌な思いをさせて、満足するっていうのは、

「あたしすごいでしょ?」

って、自分自身に第三者に影響をもたらす力があると感じることができて、自分をパワフルに感じることが出来るから?

それともやっぱり、他人を貶めて、いやな気持にさせることにピュアに喜びを感じる性癖なのかな。。。?

どちらにしても、自分の行動によって誰かに恨まれるという簡単な負の影響を考えられないの?

他人に嫌がらせして自分が得る一時期の快感 

と 

他の人から嫌われる負の影響

全然 割合わなくないか?

ネットネガティブこの上ないと思うのですが。。。

このような人は、

「人に嫌われる負の感情」

を重く見ていない人なんでしょうか。

と、言うかその事実に思いを馳せることができないのか。

自分は他人に嫌がらせして、

いやな思いをさせた

という目に見えない影響を望むのに、

人に嫌われる

という目に見えない影響はどうでもいいの?

あとは、もしくは、五歳男児が好きな子に意地悪するみたいな感覚で、自分が嫌がらせしてる感覚があんまりないの?

なんにしても、私はほんとうに逆立ちしても想像が及ばないのでよく分かりません。

これはもう、考えるだけ無駄ですよね、でも考えちゃう。。。

「なんで!」

自分が汚れちゃう

自分まで泥かかってる気がする

この人物と関わって、

何が一番嫌だったかな?

と考えると、

この人物に対して、私自身が抱く負の感情がマジつらい

っていうのも大きかったと思います。

他人を悪く思うって、自分にもよくないって言われるじゃないですか?

誰かを、

「こいつマジでく〇」

(く〇って、汚い言葉ですよね。でも、本当にそれ以外この人物を形容する言葉が思いつかなかったんです。。。普段は、というかこの人関係以外に使うことあまりないです。というか、今よくよく考えてみたら、く〇にも失礼かも。ごめんなさい。)

って思うと、

脳は それが他人に対しての発言か、自分に対しての発言か区別つかないから、誰に対しても悪い言葉は使わないほうが良い。

と言われますよね。

あと、言霊的な観点から考えても、よくなさそうなのは確か。

でも、本当にこの意地の悪い人みると、

「わー、この人ろくなXに方しないだろうな~」

ってナチュラルに思っちゃう。

そういえば、

「犬のうんこふんじゃえ!」

ってよく聞くプチ呪いですけど、それさえも自分うんこ踏みたくないですから、言わないほうがいいでしょうね。

ちなみに、誰か他人に対して、思ってはいけないことや、考えたらダメなことをふいに思ってしまったら、どうするのが正解?

頭の中でそれを謝って打ち消すのがいいんでしょうか。。。

「いやいや、今のなし! ごめんちゃい!」

って思ってもダメ?

誰かに悪意を持ってしまったら、

「誰か見も知らない他人の幸せを祈れば、打ち消せる」

ってルールあればいいと思いませんか?

ふとすれ違った人や、お店やレストラン、偶然に出会った他人の優しさに触れると、

「わ~、すごいいい人!」

って思うことありますよね?

その時、

「この人によい事がありますように!」

って、思うと、プラスとして換算される仕組みとか。

これにより、ふと心から沸くネガティブな呪いの言葉も中和されるといいんですけど。

まあ、理想論としては、キーキーしている人がいたら、

「なんかわかんないけど、いやなことあったのね?
よしよし。
大丈夫、いいことあるよ、幸せになってね。」

って思える境地に達せるのが一番でしょうね。。。

そもそも、

くだらない意地悪して他人が困るのを楽しむ人って、本当にかわいそうな人ですしね。

でも、自分が毎日毎日被害を被る立場であると、

いつも憐みの感情をもって接するのは難しい。。。

ダメなのはわかっていても、

「く〇が!」

と、心の中で暴言吐く自分に気が付く毎日でした。

つらい。

自分どうなの?

自分の性格の悪さを考える

胸を張って言えます。

わたし、基本的に性格悪いです!

でも、自分からあえて他人を貶めたり、嫌がらせをして楽しむ趣味はありません。

自分の我を通したい場面でも、自分の勝手な行動で誰かが被害を被る可能性が大ならば、やりません。

それは、優しさからではなく、

「人から恨まれたり、やり返されるのがいや。」

だから。

要するに恐怖心がおおきい、ただの小心者です。

これが、

優しく、良心があるから、他人に迷惑かけることをあえてやらない

だったら、性格いい部類に入るんでしょうけどね。

残念。

「他人の気分を害して、やり返されたらいや、対処するのめんどくさいし。」

と、思います。

それに、

「基本的に自分がされていやなことはしない。」

という、私が考える

人として生きていくうえで守るべきであろう最低のルール

を守っているだけでもあります。

今までがラッキー?

恵まれていたことに気が付く

これまで友人や、義理の家族、ご縁のあった人々は、私がお手本にしたいと思う、人間的に優れている人ばかりでした。

そうか!

今まで他人に悪意を持って接してくる人と関わりあわなくて済んだ現実が実はレアで幸運なことだったんだ!

なるほどね。

だからこそ、その悪意が私には心底理解できないものでした。

でも、

「悪意をもって人を傷つけようとする人が理解できない」

という現実自体が、自分がどんなに今まで周りの人に守られて、大事にされてきたのかを再確認するきっかけになりました。

だって、いくら

どうやって育ったらこんなふうになるのかな?

生まれつき?それとも家庭環境などの外的要因?

なんて考えても、分からないものはわからないんです。

とにかく、幸運は、その状況をなくして初めて知るものなんですね。

理不尽な目にあったからこそ、今の自分の状況に感謝することができる。

今までずっと平穏な生活をしてきたら、もしかしたら今の自分の状況にこれほど感謝することもなかったのかもしれません。

でも、もちろん以前の私が、

「すべては必然です。」

的なことを誰かに言われたら、それこそ顔にグーパンチすると思います。

渦中にいる時は、本当にいつも気分だだ下がりで、体調もすぐれませんでした。

鬱状態なのか、それとも生霊とばされていたのかは分かりません。

たぶんどっちもかな。。。

次回は、その人物のことを私がどの様に感じて、どうやって職場で過ごしたのかを聞いてください。。。

ちなみにかわいいネコちゃんが驚いている「WTF」は英語の「What the f○○○?」の略でネットスラングと言われるものです。お上品な言葉ではないのでご使用の際には十分にご注意ください。

私的にはつい声に出ちゃった時には、「What the…」 で最後の言葉に自主規制をかけることで品格を保つようにしております。

私の愚痴を最後まで読んでくださってありがとうございます。

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