すべてが終わったそのあとに

生きる

心機一転

すべてが終わったそのあとに 新しく生まれ変わる

私の長い長い愚痴を読んでくださってありがとうございます。

長くなってしまったので、キューちゃんのお話を一旦終わりにします。

自分のお誕生月となる3月から、さっぱりした気分で今の幸せを心から謳歌します。

このお話は、あくまでも私目線の話なので、キューちゃんにしてみれば、それこそ私のほうが特級呪霊という立ち位置なのかもしれません。

なんにしても、キューちゃんが他の人のことにばかり気にせず、自分が心から幸せだな、と思える未来がありますように。

でもやっぱり近くにいたらきついので、どこか(すごく)遠くで幸せになって欲しいです。

正論ってなに?

受け取る相手によりけり

渦中も、その後も たぶん自分が思っていたよりも、はるかに長い間悶々として立ち直るのにすごく時間がかかりました。

精神的につらい思いをしていた中で色々自分なりの学びはありましたが、

その一つは、

「正論は、伝える相手があなたのことを好きでなければちゃんと届かない」

あなたがいくら正しいことを言っていたとしても、訴える相手があなたではなく、あなたが非難している相手のほうが好きだったら、もちろん何もしてくれないですよね。

訴えれば訴えるほど、逆に自分の首を絞めることになるかもしれません。

相手が聞き入れる気持ちがなければ、周りから見ていくらあなたの言い分が筋が通っていても、本当に何の意味もないんです。

キューちゃんのような人間は、自分の能力のなさをある程度認識しているところがあります。

だから、自分を守るために周りの力のある人にすり寄っていって、自分側に取り込もうとありとあらゆる手を尽くすんですよね。

わたしは、自分がそんな姑息な手回しをしなくても、

  • 正しいことをしていれば、報われる
  • 真面目に自分の仕事をしていれば正直者は救われる

という勧善懲悪

を信じていました。

でもこれって、会社という環境下では、あなたの周りにいる人が、公平に評価してくれる人でないといけないんですよね。

色々あったけど

親として子供に胸をはって言えないことをしない

全てが終わったその後 残ったのは、

「私はキューちゃんにわざと意地悪や、嫌がらせはしなかった」

という、私にとっての事実です。

もちろん自分の家族や友人にはめちゃくちゃ文句いってましたけど。

後から振り返ってみても、仕事の上では分かりやすいよう、やりやすいよう自分ができるすべてのサポートをしました。

わざと失敗させようと、姑息な手を使うこともしなかった。

これは、私が思う

正しいこと

です。

私にとっては、

「相手にいやな思いをさせようと画策しなかった」

事実が、私の正義なわけです。

よく、

「おばあちゃんに言えないことはしない。」

って言うのを自分の行動の指針にしている人いませんか?

(これってアメリカだけですかね?)

私は、

「自分の子供に言えないことはしない」

と決めています。

どんな状況であれ、

「親として子供に胸をはって言えないことをしない」

という姿勢は、自分の為になると信じています。

やっぱりこの世を去る時には、にっこり後悔の念なく向こう側に行きたいですからね。

まあ、それと、配偶者や友人に

「マジ信じらんねー」

と毒はくのは別です。

だってつらいんだもの。。。

この年齢になって、これだけ合わない人間とものすごい至近距離でお近づきにならないといけないとは予想もしていませんでした。

脳内日記

仕事を辞めた直後の、「私の最近の脳内日記」には、下記のように書いていました。

“仕事を辞める際に、思ってもいなかったくらい多くの他の部署の人たちもみんな温かいメッセージをくれて、本当にうれしかった。

どうしても合わなかった一人を除いてはみんなとてもよい人ばかりで、本当に恵まれていたな、と思う。

「どうしてこの人と関わりをもたないといけなかったのかな?」

とは思うけど。

この人がいなかったら会社を

「今やめる」

って決心がもしかしたらつかなかったのかも。

そう思うと、やっぱり必然なのかと思う。

私が感じているよりも、実際は性格的にゆがんだ人ではなくて、ただ単に私と合わなかった、と考えられるけど。。。

なんにしてもキューちゃんもあまり他人のことをかまわず、幸せになれますように。

これから集団の中で仕事をしない限りは、これほど自分と合わない人と、至近距離でかかわりあうこともないと思う。

「人生できっと必要なことだった」

と思うことにしよう。

他人に文句はずいぶん言ったけれど、キューちゃんに対してわざと意地悪をしたことはない(たぶん)と言えると思う。“

(たぶん)って、入ってますけど、わざと失敗させようとかはしてないです。

あまりにも話が通じなくて、返答に困って、返事が遅れたり、絵文字だけで返すことはありましたけど。。。

自分の心の平穏の為に

ベストを尽くし、あとは任せる

人間ですから、あとになって、

「ああすればよかった、こうしたらよかった」

って思うことはたくさんあります。

でも、最終的には、

「私は、自分から他人を貶めようとはしなかった」

「全力で自分のできることをした」

と思えれば、後悔することはないのかもしれません。

私は、今まで もともとの内向的な性格と、たぶん、他の人の話を聞くことに長けていたことで

(これはただ単に、自分が大きなグループの中で率先しておしゃべりしようと思わなくて、口数が少ないだけ)

いままで他人に嫌われる、というシュチュエーションにほとんど陥ったことがなかったんです。

だから、私的には丁寧に、礼儀正しく接していたにも関わらず、最初っから攻撃的されどおし。

しかもなんでか分からないうちに強烈なアッパーカットくらい、しょっぱなの顔パンチから立ち直れず、鼻血だしたまま、呆然と突っ立ってた感じでした。

私はそもそも攻撃性をあまり持っていない性質なので、意味のない理不尽な目にあうと、ただ立ち尽くすことしかできなかったのだと思います。

そんなぼんやりした姿勢は、自分でも後から振り返ると

「反応おそ!」

って呆れるのは事実です。

でも、逆に、怒りに任せて取り返しのつかないことを反射的にしてしまうよりはまったくましです。

一度口からでた言葉は、たとえ謝っても、なかったことにできないですしね。

それに、最終的にはやりたいことやって他人を多く傷つけて、ひどいことをしている人には、

「永遠って ながいのにな~」

と思うことにしています。

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それに、

因果応報

は確実にあると思っています。

なので、誰かに意地悪している人見ると、

「ろくな〇方しないだろうな~」

ってやっぱり思っちゃうんですよね。

(ここでポイントは、~だろうな~って軽く思う程度にしておくことです。

あとは心のなかで、そっと、

「でも、あなたもいつか幸せになれるといいね!」

とつぶやけば100点でしょう。)

自分を痛めつけた人も、見て見ぬふりをした人も、カルマというものに任せるか、

又は、

「裁くべきは我になし」

と考えて 断罪や真の裁きは、人間の知恵を超えた存在にふわっと委ねたいと思います

でも、言わせて?

おかしいのは私?

今から考えてみると、もちろん、キューちゃんと関わらなければいけないことからのストレスが一番つらかったのは事実です。

でも、対処してほしいと論理的に、感情的にならないよう細心の注意を払って助けを求めたのに、

何も対応してくれなかった上司に幻滅したほうが大きいのかもしれません。

私の苦悩を訴えても、大したことないようにしか、扱われない。

さらに、

「あなたの説明が良くないんじゃない?」とか、「もっと親身になって!」

なんて

上司に言われたら、

「え、私!?」

ってなりますよね。

挙句の果てには、

「キューちゃんは能力が低いから失敗色々するのは仕方がない。」

と言われたら。。。

え、あれ?会社ってそういうところ?

能力ない人のしりぬぐいさせて、問題報告してもなにもしてくれないんだっけ?

そんな会社だったっけ?

頭の中は「?」だらけ。

本当に、自分がおかしいのかと気が狂いそうでした。

いつまでたっても間違いだらけ、しかも自分のミスも認めず、なんかあると誰かのせいにする。

そして上司は

「困っちゃうね~。あは。」

だけ?

「ここは地獄かな?」

と思えるほどの絶望感しかありませんでした。

会社勤めというのは、周りの人にももちろん大きく左右されますよね。

その時の会社のトップがどんな人なのかによって全く変わるのは当たり前です。

私は最初に雇って頂いたとても尊敬していたトップの方の影響で、その会社に大きな忠誠心を持っていました。

その方が移動でいなくなっても、ずっと、

「この会社で働けて幸せ」

と思っていたので、やめる決断をする前に苦しい思いを数年しました。

今考えたら、ちゃぶ台ひっくり返す勢いで

「やってられんわー!」

って暴れるべきだったのかも。

社会人として、会社で問題があれば、理性的に対処を望むのが正解と思っていた私にしてみたら、

感情的になることがその時には選択肢に上がりませんでした。

ですから、やれ、と言われれば、

どんなに自分が理不尽に感じていても、

「お給料もらっている仕事のうち」

と思って我慢してしまったんです。

今考えると、あんなに精神的につらい思いするのは、やっぱり間違いだったなーと思います。

でも、結果的には苦しんだこと、自分を後回しにしてないがしろにしたことは多々ありましたが、

自分に恥じることはしませんでした。

今の幸せしか勝たん

もっとうまく立ち回れたはず、と後悔ももちろんあります。

でも、それも今日でそっと手放すことにします。

結局、私は望んでいた未来を受け取ることが出来ました。

人間て、いくらつらい思いをしても、

「今幸せだからいいや。」

って思えるんですね。

つらかった時も、

「自分が正しいと思うことをしていれば、未来は明るいはず。」

と信じた自分を褒めてあげたい!

「The future belongs to those who believe in the beauty of their dreams」

エレノア・ルーズベルトの言葉です。

「未来は、美しい夢を信じる人のためにある」

今現在、つらい状況にいる方がどんな理不尽な目にあおうと、自分が正しいと思える選択ができますように。

自分に恥じることをしなければ、心の平穏は守られると信じています。

つらい現実に向き合う時にも、美しい夢を見ることを忘れずにいてください。

きっと素晴らしい未来が待っているはずです。

私の遠い日々の愚痴を最後まで読んでくださってありがとうございます。

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